雨ニモアテズ
「雨ニモアテズ」
雨ニモ アテズ 風ニモ アテズ
雪ニモ 夏ノ暑サニモ アテズ
ブヨブヨノ体ニ タクサン 着コミ
意欲モ ナク 体力モ ナク
イツモ ブツブツ 不満ヲ イッテイル
毎日 塾ニ 追ワレ テレビニ 吸イツイテ 遊バズ
朝カラ アクビ ヲシ
集会ガ アレバ 貧血ヲ オコシ
アラユルコトヲ 自分ノ タメダケ 考エテ カエリミズ
作業ハ グズグズ 注意散漫
スグニアキ ソシテ スグ忘レ
リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニ トジコモッテイテ
東ニ 病人アレバ 医者ガ 悪イト イイ
西ニ 疲レタ母アレバ 養老院ニ 行ケト イイ
南ニ 死ニソウナ人アレバ 寿命ダト イイ
北ニ ケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ
ナガメテ カカワラズ
日照リノトキハ 冷房ヲ ツケ
ミンナニ 勉強勉強ト イワレ
叱ラレモセズ コワイモノモ シラズ
コンナ 現代ッ子ニ ダレガシタ
詩人の宮沢賢治に「雨ニモ負ケズ」という有名な詩がある。
東北地方で貧しい農民たちと生活をともにした賢治が、
こういう人になりたい、と自分にいいきかせた素朴で力強い詩だ。
そのパロディーに「雨ニモアテズ」というのがある。
賢治のふるさと・岩手県盛岡市の小児科の医師が学会で
発表したものだそうである。
職業上多くの子供たちに接していてまさにぴったりだと思った。
作者はどこかの校長先生らしい。
yahooニュースより
「雨ニモ負ケズ」
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち 欲はなく 決して怒(いか)らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見 聞きし 分かり そして忘れず
野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて
東に 病気の子供あれば 行って看病してやり
西に 疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に 死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に 喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい
雨ニモ アテズ 風ニモ アテズ
雪ニモ 夏ノ暑サニモ アテズ
ブヨブヨノ体ニ タクサン 着コミ
意欲モ ナク 体力モ ナク
イツモ ブツブツ 不満ヲ イッテイル
毎日 塾ニ 追ワレ テレビニ 吸イツイテ 遊バズ
朝カラ アクビ ヲシ
集会ガ アレバ 貧血ヲ オコシ
アラユルコトヲ 自分ノ タメダケ 考エテ カエリミズ
作業ハ グズグズ 注意散漫
スグニアキ ソシテ スグ忘レ
リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニ トジコモッテイテ
東ニ 病人アレバ 医者ガ 悪イト イイ
西ニ 疲レタ母アレバ 養老院ニ 行ケト イイ
南ニ 死ニソウナ人アレバ 寿命ダト イイ
北ニ ケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ
ナガメテ カカワラズ
日照リノトキハ 冷房ヲ ツケ
ミンナニ 勉強勉強ト イワレ
叱ラレモセズ コワイモノモ シラズ
コンナ 現代ッ子ニ ダレガシタ
詩人の宮沢賢治に「雨ニモ負ケズ」という有名な詩がある。
東北地方で貧しい農民たちと生活をともにした賢治が、
こういう人になりたい、と自分にいいきかせた素朴で力強い詩だ。
そのパロディーに「雨ニモアテズ」というのがある。
賢治のふるさと・岩手県盛岡市の小児科の医師が学会で
発表したものだそうである。
職業上多くの子供たちに接していてまさにぴったりだと思った。
作者はどこかの校長先生らしい。
yahooニュースより
「雨ニモ負ケズ」
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち 欲はなく 決して怒(いか)らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見 聞きし 分かり そして忘れず
野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて
東に 病気の子供あれば 行って看病してやり
西に 疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に 死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に 喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい








♪コメント大歓迎です♪
by える −2007.02.24(土)

小さい頃、近所のアパートが取り壊されて何か建築工事が始まり、工事現場の看板に
「モータープール用地」
とかかれていたので、
「うわ〜〜〜〜っ、流れる水のあるプールが出来るんや〜〜!!こんなに近所にそんなプールできたら毎日遊びに行けるわ〜!」
とメッチャクチャ喜んだのです。
「月極」と遜色ない思い違いです。チャンチャン!!