気になる言葉
NHK【気になることば】が とっても面白いです♪
■『一所懸命』と『一生懸命』の違い
「一所懸命」は
鎌倉時代、
“武士が賜った一カ所の領地を命がけで守り、
それを生活の便りとして生きたこと”に由来
文字通り、“一つの所”に命を懸けるだった。
これが「一生懸命」となったのは、
江戸時代に入ってからで
“命がけ、必死な気持ち“から、
”一生“と書くようになり、「一生懸命(いっしょうけんめい)」となった。
■『赤・黄・青 色のはなし』
古代日本語には色に関する言葉は無く、
光の明暗濃淡を表す言葉だけがあったのです。
明は“アカシ”→アカ(明)と言われ、
太陽によって空が染まり、明るくなっていく様を言いました。
そこから、明け方の色、アカ=赤となったのです。
つまり、光を浴びて くっきりしていることを意味したので、
どう見ても明らかに他人であることを「“赤”の他人」、
誰が聞いても紛れもない嘘を「“真っ赤”な嘘」などと言ったのです。
一方、暗は、夜の闇が暗かったことから
“クラシ”→クロ(暗)→黒となったのです。
さて、濃淡の濃は“シロシ”(顕)、
はっきりしたものが“シロ”→白となったのです。
それ以外の漠然としたものは“アワシ”(漠)と言い、
そのような色が“アオ”→青となりました。
経験の乏しい若者を指す“青二才”の青は、
漠然とぼんやりしていることから、
未熟で不十分であるという意味になったのです。
ちなみに、“二才”は魚のボラなどの稚魚を例えたという説や、
新しい男・若い男を意味する“新背”(にいせ)がなまったという説も
あるようです。
さて、特に女性のキャーキャーと騒がしい声を、
“黄色い声“といいますよね。
黄は、少し遅れて登場し、奈良時代には使われていました。
黄と金は親戚のような関係で、黄が輝くと金になります。
そこで、金属を切るような甲高い音に似ているので、
黄色い声というようになりました。
また、黄は目立つ色なので、
女性の目立つ高い声の調子を表現したという説もあるようです。
とにかく日本の色の四原色は「赤黒白青」。
■『情けは人の為ならず』の意味は?
「人に情けをかけると必ずよい報いがある。」という
意味のことばです。
意味を勘違いしている人は「為ならず」を
「為になる」の打消しで「為にならない」だと
解釈しているのではないでしょうか。
これは間違いです。
「為ならず」の「ならず」は「なり」の否定形です。
「なり」は、体言につき物事を断定するので、
「人の為なり→人の為である」という意味です。
この否定形なので
「人の為ならず→人の為ではない=自分のため」と
いうことになります。
■『気の置けない人』はほめ言葉
「気配りや遠慮をしなくていい人。気楽に付き合える人」と
いう意味です。
勘違いは「ゆだんできない。気をゆるせない」という解釈をしていました。
他に「気」がつく否定形に
「気が気でない」「気が進まない」「気が知れない」などの
悪い印象のことばが多いので、
同じように悪い印象のことばだと思ってしまうのかも知れません。
「置く」は物と物との間に何かを置いて隔てるという意味があります。
「気が置けない」とはその間に隔たりがないことになり
、すなわち気を許して付き合える人という解釈になるのです。
■『役不足』
「1.君には役不足だが、是非この仕事を引き受けてもらいたい。」
「2.私には役不足ですが一生懸命頑張ります。」
おそらく多くの方が普段2.のような使い方をしていると思います。
しかし、本来『役不足』は芝居や演劇で割り当てられた役が
自分にとって軽すぎるということから
「人間の力量に対して役目が軽すぎる」ことを言います。
謙遜したつもりで2.のような使い方をするのは、
本来は間違いです。その場合は「力不足」ですね。
■「流れに棹さす」は逆らっているの?
「流れに棹さす」は流れに乗っているのでしょうか?
それとも逆らっているのでしょうか?
「棹」は舟を操るための長い棒。
「棹さす」とは、棹を水底に突きたてて
舟を進めていき流れにうまく乗ることで、
そこから傾向に乗ってある事柄の勢いを増すような行為をすることを
「流れに棹さす」というようになりました。
■「まったり」ってどんな味?
辞書には"味わいがまろやかで、こくのあるさま"とあり
「まったりとした味」などと使いますよね。
もともと関西の言葉のようで、
大阪や京都のことばの辞典などに
「辛くない落ち着いた味をいう」
「とろんと穏やかな口当たりをいう」などと書かれています。
全国的に流行したのは1980年代頃。
火付け役は、1983年に連載がはじまった
漫画「美味しんぼ」だと言われています。
究極のメニューを追い求める主人公たちが、
料理の味を表現するのに「まったり」と数多く使っていました。
この言葉を最近、若者達は味ではなく、
「家でまったり過ごす」「喫茶店でまったりする」などと
行動に対して使っているのです。
実はこうした使い方は1990年頃からみられ、
当初は「だらだらする」という意味での使われ方もしました。
しかし、
今はむしろ「ゆっくりする、のんびりする」という良い意味で
使われています。
辞書を見てみると、
江戸時代には既に『義太夫もまったりとおもしろさ』など、
味についてだけの言葉では無かったことがわかったのです。
■『一所懸命』と『一生懸命』の違い
「一所懸命」は
鎌倉時代、
“武士が賜った一カ所の領地を命がけで守り、
それを生活の便りとして生きたこと”に由来
文字通り、“一つの所”に命を懸けるだった。
これが「一生懸命」となったのは、
江戸時代に入ってからで
“命がけ、必死な気持ち“から、
”一生“と書くようになり、「一生懸命(いっしょうけんめい)」となった。
■『赤・黄・青 色のはなし』
古代日本語には色に関する言葉は無く、
光の明暗濃淡を表す言葉だけがあったのです。
明は“アカシ”→アカ(明)と言われ、
太陽によって空が染まり、明るくなっていく様を言いました。
そこから、明け方の色、アカ=赤となったのです。
つまり、光を浴びて くっきりしていることを意味したので、
どう見ても明らかに他人であることを「“赤”の他人」、
誰が聞いても紛れもない嘘を「“真っ赤”な嘘」などと言ったのです。
一方、暗は、夜の闇が暗かったことから
“クラシ”→クロ(暗)→黒となったのです。
さて、濃淡の濃は“シロシ”(顕)、
はっきりしたものが“シロ”→白となったのです。
それ以外の漠然としたものは“アワシ”(漠)と言い、
そのような色が“アオ”→青となりました。
経験の乏しい若者を指す“青二才”の青は、
漠然とぼんやりしていることから、
未熟で不十分であるという意味になったのです。
ちなみに、“二才”は魚のボラなどの稚魚を例えたという説や、
新しい男・若い男を意味する“新背”(にいせ)がなまったという説も
あるようです。
さて、特に女性のキャーキャーと騒がしい声を、
“黄色い声“といいますよね。
黄は、少し遅れて登場し、奈良時代には使われていました。
黄と金は親戚のような関係で、黄が輝くと金になります。
そこで、金属を切るような甲高い音に似ているので、
黄色い声というようになりました。
また、黄は目立つ色なので、
女性の目立つ高い声の調子を表現したという説もあるようです。
とにかく日本の色の四原色は「赤黒白青」。
■『情けは人の為ならず』の意味は?
「人に情けをかけると必ずよい報いがある。」という
意味のことばです。
意味を勘違いしている人は「為ならず」を
「為になる」の打消しで「為にならない」だと
解釈しているのではないでしょうか。
これは間違いです。
「為ならず」の「ならず」は「なり」の否定形です。
「なり」は、体言につき物事を断定するので、
「人の為なり→人の為である」という意味です。
この否定形なので
「人の為ならず→人の為ではない=自分のため」と
いうことになります。
■『気の置けない人』はほめ言葉
「気配りや遠慮をしなくていい人。気楽に付き合える人」と
いう意味です。
勘違いは「ゆだんできない。気をゆるせない」という解釈をしていました。
他に「気」がつく否定形に
「気が気でない」「気が進まない」「気が知れない」などの
悪い印象のことばが多いので、
同じように悪い印象のことばだと思ってしまうのかも知れません。
「置く」は物と物との間に何かを置いて隔てるという意味があります。
「気が置けない」とはその間に隔たりがないことになり
、すなわち気を許して付き合える人という解釈になるのです。
■『役不足』
「1.君には役不足だが、是非この仕事を引き受けてもらいたい。」
「2.私には役不足ですが一生懸命頑張ります。」
おそらく多くの方が普段2.のような使い方をしていると思います。
しかし、本来『役不足』は芝居や演劇で割り当てられた役が
自分にとって軽すぎるということから
「人間の力量に対して役目が軽すぎる」ことを言います。
謙遜したつもりで2.のような使い方をするのは、
本来は間違いです。その場合は「力不足」ですね。
■「流れに棹さす」は逆らっているの?
「流れに棹さす」は流れに乗っているのでしょうか?
それとも逆らっているのでしょうか?
「棹」は舟を操るための長い棒。
「棹さす」とは、棹を水底に突きたてて
舟を進めていき流れにうまく乗ることで、
そこから傾向に乗ってある事柄の勢いを増すような行為をすることを
「流れに棹さす」というようになりました。
■「まったり」ってどんな味?
辞書には"味わいがまろやかで、こくのあるさま"とあり
「まったりとした味」などと使いますよね。
もともと関西の言葉のようで、
大阪や京都のことばの辞典などに
「辛くない落ち着いた味をいう」
「とろんと穏やかな口当たりをいう」などと書かれています。
全国的に流行したのは1980年代頃。
火付け役は、1983年に連載がはじまった
漫画「美味しんぼ」だと言われています。
究極のメニューを追い求める主人公たちが、
料理の味を表現するのに「まったり」と数多く使っていました。
この言葉を最近、若者達は味ではなく、
「家でまったり過ごす」「喫茶店でまったりする」などと
行動に対して使っているのです。
実はこうした使い方は1990年頃からみられ、
当初は「だらだらする」という意味での使われ方もしました。
しかし、
今はむしろ「ゆっくりする、のんびりする」という良い意味で
使われています。
辞書を見てみると、
江戸時代には既に『義太夫もまったりとおもしろさ』など、
味についてだけの言葉では無かったことがわかったのです。







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